Tuesday, 17 January 2017

日本の労働環境とその未来 海外の労働環境その実際02

 今回は労働環境というよりは僕が海外で見て考えさせられたことを羅列していこうと思う。ほんとはもっと体系化したほうがいいんだろうけどそんなことをしていると二の足を踏んでまた書くのが後になっちゃうからね。だいたい今回のテーマって体系化して深堀りしたらほんとブログじゃなくて本になってしまうし。見て考えさせられたことを羅列と言っても勿論今回のトピックに関係ある事に限ってだ。今までブログに書いた話と重複する話もいくつかある。そしてこれらが僕が今のような日本で長時間労働とかする気になれないと言った考えて至ていることの重要な要素の1つだ。
 さてはじめよう。僕が2011年に東南アジアに渡った理由はまた別記事で深掘りするとして、簡単に言うと「インドネシアにおいて望む人は高等教育を受けられる機会を広げ、それにより職業選択の自由をインドネシアで広めたい」そう思って僕はインドネシアに渡ったんだ。勿論それはビジネスを通してでなくてはならないんだけどね。そうじゃないと続かないしね。ただ、インドネシアに渡って僕が体験した現実は僕が考えていたようなものではなく教育で彼らが変わるようなものではないってことがよくわかったんだ。これはフィリピンでも同じだった。要するに貧乏な理由、国が発達しない理由の多くは彼ら自身にあり、そしてそれらは高等教育で変わるようなものではな根深いものだった。根本的な能力の違い、メンタルの違い。日本人より随分ゆるく働く人々、リスクが読めない想像力の欠如。子供を6人も作ってうちは貧乏なんだお金を恵んでくれと主張するタクシードライバー。そんな国に日本人が死ぬほど(そう文字通り死ぬほどだ)働いてお金を援助しているという現実。バリ島で日本に一年間日本に留学していたインドネシア人が僕に言った。「日本にいた時に僕の知り合いの日本人の社長はホントにお金持ちだったけどでも、彼はいつもいつもストレスでちっとも幸せそうじゃなかった」。数年前のその時僕は「日本人とインドネシア人では求めている幸せが違うのだからいいのだ」的なことを彼に答えた。しかし、今の僕はもしも同じことを彼から言われたとしたら「うーん」とうなってきっと何も答えることが出来ないだろう。
 東欧で僕は頭も悪くなくしっかり働く人々をたくさん見た。勿論東欧の国々には怠け者も多いのかもしれないが彼ら白人はアホではなかった。比較で悪口になって申し訳ないが東南アジアの人々はやはり全体的にも日本や欧米と比べ極端にレベルが低いと感じてしまったし、そしてそれらの国々が途上なのも仕方がないと思っていた(おそらくこれに異論を唱える東南アジア在住の人はほぼほぼいないと思う)。しかし東欧の人々に対してはそんな風に極端な差はあまり感じられなかった。しかし現実、東欧には平均給与が月5万円を下回る国がいくつもあるのだ。平均給与2万なんて国もあるのだ。これはそこらの東南アジアの国々と似たようなレベルなのだ。そんな東欧の人々は当然非常に物の値段に気を払い、節約して切り詰めた生活している。あんまりいい例じゃないかもしれないが僕がハンガリーのブダペストのマクドナルドで適当にセットメニューを選ぼうとしたら僕が支払うにも関わらずお願いだからこのクーポンを使ってくれとハンガリー人の友達に嘆願されたり、空港から市街までタクシーで来たと言ったらなんでそんな浪費をしたんだ!と引かれたりと、そんなような体験を東欧では何度かしたことがある。とにかくすごく倹約、節約していないと暮らせない人々が東欧にはたくさんいる。というかそれが普通ってことなんだ。ルーマニアやウクライナで休みなく働きながら大学に通う苦学生たちもみた。ウクライナのキエフではこんな国に何しにきた?ウクライナ経済の崩壊を見にきたのか?とも言われた。ポーランドでイギリス行きに憧れる本当にたくさんの若者たち。別に頭悪いとか能力低いとかじゃないのにそんな生活が普通だった。そして皆西欧や日本に憧れている。正直にいって東南アジアやなんかでは別に何も思わなかった。そんな頭良くもないしおまけ日本人より努力しないのだからただ仕方ないと思った。けど東欧に行って別に日本人と比べてもそんなには変わらない能力の人々が結構働いても月給が日本人の十分の一なんてことが現実にある。そんな東欧で何か国の仕組みが間違っているんだと思った。
 スラブの国々。モスクワ。ロシアの今の平均給与はいくらだろう。結構いい仕事でモスクワ在住で今のルーブル円のレートで8万円とかだ。ということは国平均で言うと5万円近いかそれを切っていると考えていいと思う。そんな中、街中では高級車をめっちゃ見かけるし、モスクワの平均給与に見合わないレストランが賑わっている。そう、実はモスクワは世界でもお金持ち人口が多い都市として有名なのだ。お金持ちがたくさん住んでいる。しかし平均給与は低い。それは何を意味するのか。そうそれは格差がでかいといことを意味するんだ。また、スラブ系の国は著しく離婚率が高くやはり片親になると経済的には苦しい。そんな片親の若者をたくさん見た。他にもスラブの国々の物乞いのほとんどは老人だ。僕はストリートチルドレンは無視するが物乞いしている老婆を冬のスラブの国で見たらほんとに悲しくなってしまう。結構持っている小銭をあげたりしている。この僕がだ。
 僕は昔格差なんて言葉しゃらくさい。そんなの能力がなかったり努力してない人の言い訳だって思ってたんだ。でも今は日本だけ見たら分からないが世界で見るとその考えはちょっと違うかなって思うようになって来てしまった。トマ・ピケティなんか別に好きじゃないんだけど、以上に書いたようなものを見て、そして次の章で書くこれから確実に来る、いやもう始まってしまった次時代を見てあわせると今の資本主義と労働環境が立ち行かなくなってくる、変わることがわかったんだ。そして僕は日本で長時間働く労働意欲を失った。